クマと出会う2023123日) 

2023年新語・流行語大賞に「OSO18/アーバンベア」

 今年話題になった言葉を選ぶ「ユーキャン新語・流行語大賞」の年間大賞には、プロ野球の優勝を意味する「アレ(are)」が選ばれたが、トップ10は、人里近くに出没するクマを表した「OSO18/アーバンベア」などが公表された。

 20234月から11月までのクマの被害は過去最悪の死傷者212人になったことが報じられている。環境省は今年4月から11月のクマによる人身被害が212人、うち死者が6人だったと発表した。いずれも過去最悪を更新した。被害があったのは19道府県で、死者は北海道と岩手県が各2人、富山県、長野県が各1人、月別では10月の73人が最多で、938人、1130人と続いた。

 

クマは秋になると冬眠に備えて、ブナ、ミズナラ、コナラのドングリ類を求めて活発に歩き回る。被害が増えている地域では、ドングリ類が不作でえさに困っているクマが多くいると考えられている。クマは山にえさがないので人里に下り、柿や栗の実などを食べているため、人間と遭遇し襲うケースが多い。また、人家周辺の里山の手入れ不足から藪化によって里山と奥山との境界が不明確になり、里に下りてきたクマと人とがバッタリ出会うはめになり、事故につながる。それにしても今年は、クマに関する話題が急に増えてきた。その理由について、朝日新聞デジタルによると、クマに関する情報がSNSで拡散されることことやクマに関する情報がテレビや新聞などのメディアで取り上げられることも増えている要因であるとしている。私は50年以上森林や林業に向き合ってきたことで奥山に入る機会は多くあった。しかし森林内で直接クマと出会ったことは一度もない。出会っていれば、今頃は存在していないかもしれない。クマと直接遭遇したことはないが、クマとの話題について3つの視点から取り上げてみた。

国道を歩くヒグマ(人を恐れなくなった?)

  写真は、201982217時半ごろ、北海道八雲町と日本海の熊石とを結ぶ国道沿いを歩くヒグマを確認した。(写真左)
(動画はこちら)運転席からしばらくそのあとを動画に収めながら追ってみた。私の車や対向車線からくる乗用車には何の反応もしないが、大型のトラックが近づくと、道路沿いの藪に一瞬身を隠し、通り過ぎるとまた道路脇を歩き始めることを繰り返していた。よく観察すると、路側部分のアスファルト部分を覆う雑草部分を剥がし、その中にいる虫か何かを舐める仕草を確認できる。二日後の824日には、日本海側の熊石に近い地点で再度道路上を歩く同一の個体を確認できた。48時間で15㎞程度を移動しているので、1時間に300m程度を移動していることになる。人に被害が及ぶ前に対処する必要がある。しかし、道路上のヒグマを銃で撃つことは銃刀法等で禁じられている。山に戻るように追い払うことしかできないらしい。農作物を食い荒らすヒクマをワナで捕獲しても、深い山に戻すことしかできない場合もあると聞く。なんともどかしいことか。それにしても人を恐れないヒグマには驚かされる。ここでは発泡されないことをヒグマは知っている。人を恐れなくなったクマは厄介だ。


 白いヒグマの話(進化や遺伝子レベルの研究も)

  日大演習林の調査研究グループの森林動物学研究室が同町上八雲の演習林(2400㌶)の生息動物を調査するため定点設置したカメラ数十台を回収したところ、白いヒグマが特定の区画で6回映っていた。(写真中)(動画はこちら)顔や背中を除き、白い毛に覆われたヒグマがカメラの前を横切ったり、顔を近づけたりしていた。同研究室は「顔が白毛だったかは分からない。親同士の遺伝子の組み合わせで白毛に変異した可能性があるとみる。クマの生態に詳しい北大大学院の坪田敏男教授(野生動物学)は、映像に移っていた尿の出方から、個体は雌で現在は4歳くらいと推定。「毛のパターンから見て、同一個体の可能性が高い。雌は雄よりも行動範囲が狭く、撮影場所の周辺に定住しているのではないか」と話す。八雲で確認されたことで追跡調査や毛の採取によるDNA鑑定などの解明が進むことが期待されている

 北方領土の白いヒグマはビザなし交流の専門家枠で訪れた調査団が09年、国後島で確認。当時の聞き取りで、生息する300頭のうち1割が白いとされた。隣の択捉島でも生息が確認されており、両島とも上半身が白いのが特徴。(写真右:佐藤善和酪農学園大学教授グループ撮影)調査団の一人で酪農学園大学の佐藤善和教授(野生動物生態学)は「八雲のヒグマは下半身も白いという点で珍しい」とする。ホッキョクグマは獲物や外敵から身を隠すため、雪氷と同じ白色(体毛自体は透明)に進化したとされる。佐藤教授の国後島での調査では、白毛のヒグマは一般的な黒毛よりも水中にいるカラフトマスに警戒されにくく、捕獲の際に有利との結果が出た。北方領土は島のため周囲から隔離され、黒毛より有利な白毛同士の交配が進んで割合が増えた進化の途中である可能性もあるが、調査の機会が限られ、要因は解明されていない。

追跡調査のチャンス

 八雲で187月に撮影された白いヒグマが4歳であれば、雄と交尾し、早ければ今年出産する。北大の坪田教授は「八雲は北方領土と異なり定点観測できる環境にある。白いヒグマから生まれた子も白毛なのかを含め、生態を追跡できるチャンス」と、白いヒグマの進化の過程の謎解明に期待を寄せる。

水上演習林のツキノワグマ(豊かな自然環境)

日本大学水上演習林は利根川上流の藤原湖の北西側に位置し高平山(標高985m)を中心に、その山腹に広がる面積158ヘクタールほど。標高は650mから985mの間で、地形は変化に富んでいて地勢は急峻。この地域の気候は年平均気温10度程度であり、年降水量は1600mmほど。日本海側気候の様相を呈し、夏季には良く晴れるが、雷雨の発生しやすい地域である。

 

 植生は落葉広葉樹林が主体。暖温帯気候に近く、その中間温帯林のコナラ・クリと、冷温帯を代表するブナ・ミズナラが混在して出現する。(写真左)演習林周辺に接する森林は国有林が広がるが、ブナを伐採後に針葉樹の人工林となっている。日大演習林は、部分的には針葉樹の人工林は全体の10パーセント程度あるが、残りの9割程度がブナを主体とする広葉樹の二次林である。このような奥山の森林は野生動物の棲み処として重要な役割を持つ。筆者が日本大学演習林長を兼務していたころに、水上演習林の動植物調査の一環として、演習林内に自動撮影カメラを複数台設置してもらい、多くの動画を撮影した。その中から、ツキノワグマの親子が森林内で遊んでいる微笑ましい動画を撮影することができた。(写真右)動画撮影者は元演習林職員垂水秀樹氏)その動画は公開はされておらず、演習林が所有している。野生動物は、豊かな環境の森林内で、人との距離を保ちながら、生態系を維持する一員として重要な役割をなしている。このクマかどうかは分からないが、演習林の職員が森林管理作業中に、尾根の出会い頭にバッタリクマに遭遇し、取っ組み合いながら、沢沿いを一緒に転がり落ちた逸話が残っている。クマの生息域は奥山であり、その奥山の豊かな自然環境を保ち、野生動物の生息域を確保することは、森林管理をする上で重要な役割である。奥山の森林を森林管理や林業生産活動により野生動物の棲み処を奪うことなく、周囲の森林環境を半自然状態程度までにとどめておく努力が必要である。